2006年09月17日

一代の風雲児とクズ男<ホリエモン裁判>

ホリエモン裁判が始まりました。堀江貴文氏と宮内亮治氏の法廷での様子が報道されています。

報道を読む限り、人間の格の違いが明確に現れていますね。

堀江氏は「こんな下品で小粒な人間の相手なんかできるか!」と思っていることがありありと見て取れます。

一方、宮内氏は----、ああ、何と見苦しい!

税理士資格という、苦労して手に入れた貴重な財産を失いたくない、という一心なのでしょう。しかし、宮内は脱税はしておらず、むしろ、払わなくて良い税金まで払ってるくらいです。税理士資格剥奪の心配なんて、することないでしょう。むしろ税務署から表彰されても良いくらいです。イヤ、これは冗談です。

それなのに、かっての盟友を、ここまで口汚く非難できる彼の心根がさびしいです。宮内亮治は男のクズというべきでしょう!

堀江氏は宮内を仕事の上の片腕として重用し、お陰で宮内はライブドアの取締役として財をなしました。

でも堀江氏は、宮内をあくまでも使用人としてビジネスライクに 見ていました。良い働きには良い報酬で報いれば十分だと。当然のことです。

それが高卒で学歴コンプレックスのある宮内には物足りなかったのでしょう。堀江氏のような「東大卒の大物」に「人間として対等に扱って欲しかった」と。私は宮内の心の内をそう想像しています。

実績を挙げ、取締役に抜擢され、高給を与えられても、いや「形」の上で評価が上がれば上がるほどに、宮内の心の中では、新たな得体の知れぬ「飢餓感」が生まれ、成長していったのかもしれません。

大企業やお役所のような、オーナーのいない、サラリーマン社会でしたら、抜擢されれば周囲の見る目も変わり、トップも普通は全幅の信頼を置くようになます。

でも成功したオーナー経営者は違うでしょうね。あくまでも「俺が引き立ててやった奴」つまり、どこまでも「ただの使用人」という目で見るでしょう。これは仕方ないです。事業家という、命がけでリスクを引き受けている人種の、それが当然の権利です。

結果的に、「心」までは金では買えなかったということになりますが、堀江氏だって「人の心を金で買おう」なんて思ってもいなかったでしょう。ビジネスライクに「ギブアンドテイク」を実行したに過ぎないはず。

慎重で細心な堀江氏は、宮内の人間性もとっくに読みきっていたでしょう。現在の宮内の見苦しい態度は、多少の戸惑いはあったかもしれませんが、概ねこれも先刻承知のこと、いわゆる「想定内」だったでしょう。

客観的に見れば、二人ともまだまだ若いので、こんな微罪の裁判なんて、無罪だろうと有罪だろうと「屁」でもないはず。ふたりの人生は、それぞれこれから先、ひと展開もふた展開もあるはず。

それなのに、目の見えない宮内は、見苦しく取り乱し、すっかり男を下げました。宮内はもう「終わり」でしょう。 結審後、彼がどんな人生を歩むか要注目です。転落人生を歩まなければ良いのですが。

そこへ行くと堀江氏の態度は、従来に変わらず堂々としています。 若いのに大したものです。

一代の風雲児、堀江貴文氏の、よりスケールアップした復活を期待したいと思います。

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